「私が世界を信頼している理由」

行きつけのお店のパートの店員さんと仲良しです。

店員さんを以後Aさんとします。

気が合って、お互いに手作りした物などを物々交換したりしています。

Aさんは、もう中学生のお孫さんのいるおばあちゃんでもあります。

私はAさんに会いに行くので、Aさんが出勤している時に買い物に行きます。

 先日、お客さんが私しかいなかったので、いろいろお喋りしているとある母子家庭の女の子の話になりました。

以後、女の子のお母さんをBさん、そのお嬢さんをbちゃんとします。

Bさんは一人でbちゃんを育てています。学童も様々なイベントがあり、参加するのが大変だったそうで小学高学年からは、一人でお留守番をさせるようにしていたという事です。

Bさんの近所の親御さんたちも協力的で時々bをちゃんを預かってくれたそうです。

Aさんの勤務先にbちゃんを預かってくれる親御さん達がお客様として来店されるそうですが、そこでbちゃんを預かるのは迷惑だと言っているのを聞いてしまったそうです。

Bさんの前では、「いつでもどうぞ!」とか「遠慮しないで頼ってね」と言っているのに陰では「6時までいるから困る」とか「いつも来るから困る」など言い合っていたそうです。

Aさんは「6時まで嫌なら5時までね~。と言えばいい。いつも嫌なら駄目な日は断ればいい。陰で文句を言い合って、表面でいい顔するのは見てて悲しくなる」と私に言い、だからAさんはBさんに「近所だし、良かったらうちで預かるよ。」と提案して平日の午後の数年間預かっていたそうです。

更にBさんには「困った時はお互い様。今は余裕がないんでしょ?余裕が出来るようになった時に困った人がいたら助けてあげて」と言ってお礼は受け取らなかったそうです。

そして、bちゃんは現在、看護師さんになって働いているそうです。

 

私はとても心が温かくなりました。

 

他人とはいえAさんの愛情に触れて育った女の子はきっと患者さんの気持ちの分かる看護師さんになっているだろうと思いました。

 

「恩」とは「めぐみ」「いつくしみ」だそうで、「恩返し」は受けた恩を直接返す事を言いますが、「恩送り」は受けた恩を別の人に返す事をいうそうです。

 

Aさんは平凡で普通の人ですが、この一面からも分かるようにとても素敵な人です。

社会的に多くの人に称賛されていないけれど、Aさんのように暖かい人は必ずいます。こういう人に出会う度に、嫌な事があっても、嫌な事を人からされてもこの世界を信頼できるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分で世界を作っていると思った事

私は長い事、堀江貴文さんことホリエモンが嫌いでした。

ですが、数年前に突然…

「インターネットはテレビより凄い事になる」みたいな事を言っていたよね…と思い出し…。

『堀江さんには今の状態が見えていたの!?』と思った私は、彼の著書を読み、ホリエモンチャンネルを見始めました。

そして、ある人と出会ったのです。

その人は実業家の方なんですが、なんと約20年くらい堀江さんと交流があり、あるビジネスでは頼まれて手を貸したりしているのです。

以前の私は、堀江さんはお金の亡者だと思い込んでいました。

それで、堀江さんの全てを悪だと決めつけていました。

今は、「これは共感できるな~」とか、「これは私は違うと思うな~」と思って彼の発言を聴いたりしています。

違う場合の時は、どういう情報からこういう考えに至ったんだろうか?とか考えながら本を読んだりホリエモンチャンネルを観たりしています。

 

 話は変わりますが、昨年の秋、結婚披露パーティーに2件招待されました。

その2件とも、無料ご招待でした。

1件はホテルのパーティ会場、もう1件はレストランの貸し切りでした。

 パーティに参加した直後に偶然会ったママ友に話をしたら「お金持ちだから、お金を使いたいんだよ」と言われました。

私はビックリして、言葉が出ませんでした。

 

その時に、自分で世界を作っているってこういう事か!と思いました。

 

こういう事が自分の身に起こるはずがない。とか、こういう人がいるはずがないと思っていると、様々なチャンスを逃すんだと思ったのです。

例えば、私が堀江さんは悪人だ!いい所はない!と思い続けていたら一生彼の知人とは縁がなかったんだと思いました。ちなみに出会った場所は私の行きつけのお店のお客様で、いつもジャージ姿でぱっと見、成功者には見えませんでした(笑)

 

受け入れるのではなく、「そうなんだ~」と実際に起こっている事をただ見たり、認める事が出来るようになってきたのですが、出会う人の幅が広がったように感じています。

 

 

 

買い物で思う事

 昔から漠然と国産の物を買わないと日本の農業がダメになるのでは?と思っていました。

なので、若い時からなるべく国産を買うようにしてきました。

でも、余裕がない時は外国産を買っています。

そして今日、明日使う予定の物は賞味期限が近い物を買うようにもしています。

 

 数年前まで息子が小さい頃は、生協に加入していて「食育」の活動メンバーになり、様々な生産者の方にお会いする機会がありました。

例えば、ある漁港組合の人は海を守る為に休漁日を定め、定期的に植林をしたり山を保つ活動をしていました。

養鶏農家の方は「卵の値段が上がらず苦しい」と話されていました。

 

 そして、生協職員と話した時に教えて貰ったのが、ある企業が売り上げがあっても、取引先の倒産でお金が回収できずに「連鎖倒産」が結構あるという事でした。

 

無添加、国産」の商品は価格が高くなります。

私は、スーパーでいい商品を見かけたら購入するようにしています。でも、なかなか売れず、最後にはその商品が店頭で見かける事がなくなるという経験を何度もしました。

 

あるテレビ番組で、「外国人技能実習生」になる為に借金までして日本に来たのに、酪農の仕事が過酷で体を壊し、借金を抱えたまま帰国し悲惨な目にあった女の子の話を観ました。

私は当初、なんて酷い酪農家だ!と怒っていました。でも、ふと…

「あれ?安い牛乳を買っている私に責任はないのかな?関係ないと思っていたけど、間接的に私も加害者の一人なのでは?」と思いました。

 

あるレストランチェーン店のマネージャーは国産を使って料理したい!でも、高くてお客様が注文しない。どうしても外国産を使わざる得ない現実があると…言っていました。

 

 いろいろな業界の方の話を伺うと、既に国内で出来ない物もあります。

理由は、値段が高くみんなが買わなくなったから、その産業が廃れたという事です。

ですが、やはり日本製品がクオリティーが高く、似ていても非なるものが結構あるそうです。私達一人一人が安さを追い求める為に、苦しんでいる人やいい物がなくなっていく現実がある事を知りました。

 

そして今回このブログを書くきっかけになった出来事があります。

 

自粛中なので、今の私が直接お金を使う場所は「スーパー」です。

 

そこで郷里の沖縄産のパインが売られていましたが、ほとんど売れてなかったのです。週一に買い物に行くのですが、翌週もまだ並んでいたので買いました。

新しく仕入れしている商品だといいな~と願いましたが、食べてみると、ちょっと痛んでいました。人によってはクレームを入れると思いました。

このままでは、スーパーはこのパインの仕入れを辞めると思いました。

 

離れている故郷を守る行動も、身近なスーパーで出来ると思っています。

 

こうやって、偉そうに書いている私も「値段」を見て買う時が多いです。

家計の予算があるので、その枠内です。無理をすると歪みが出るからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子どもと関係が良くなる為に私がした事②

私の以前の仕事は、ある習い事教室のアシスタントでしたが、それでも当時そこに通う子ども達や保護者からは「先生」と呼ばれていました。

息子もそこに通っていましたが、彼が小学1年生の時に体調を崩したので私は辞めましたが、息子はそのまま通っていました。

ある日、息子から「また〇〇教室で働いて欲しい」と言われました。

話していくうちに、この発言の理由が分かってきました。

 

私が「先生」と呼ばれる事が嬉しかったようです。

 

「こんな小さい子どもでもこういう感情があるんだ!!!」と思いました。

 

 体調を崩しても好きな仕事だったので頑張っていたのですが、不調になった大きな理由の一つはストレスが原因だったので、以前から言いたくても言えないでいた事を伝えたら却下されてクビになった経緯があったのです。

 

私は「ママに〇〇教室でまた働いて欲しいと思っているんだね。でも、ママはそこで働くつもりはないんだよ」と答えました。

 

このやり取りで、分かった事がありました。

相手に期待して望んでもいい、だけどその事を実行するかしないかは「当時者」が決めればいいんだ。

例えば人から「先生」と呼ばれる事でプライドが満たされる感情が幼い息子にあるなら、こんな小さな子どもでも抱くのだから、私達「親」も「子ども」に期待するのはいいんだ!その代わりちゃんと「その期待に応えるどうかは子ども自身にある」という事を伝えればいいのでは?と思いました。

 

私は、アフターコロナの時代に最も必要な事は「自分の本心が分かっている事」だと思っています。

 子どもが本心を否定しない為に、私の望みと違う選択をした時に、「ママはちょっとはがっかりするかもしれないけれど、大好きなのは変わらない」という事も合わせて伝えています。

 

 

 

 

 

 

子どもと関係が良くなる為に私がした事①

私は息子とこの長い休みをエンジョイしています。

 

実は、3月の頭まで息子は気に入らない事があると私を睨む時がありました。

こういう目で親を見るのかとぞっとするような目つきなのです。

 

それでも、比較的仲が良いと思っていました。

でも、上手く表現できないのですが、何かしこりのようなものを感じていました。

 

現在は睨むこともなく「しこり」も感じません。

ずっと一緒にいても「心地良い」です。

この長い休校中にとてもいい関係になれたように思います。

 

 こういう関係になれた大きな理由の一つに「息子を理解しよう」とした事が大きいと思います。

息子が、何か私に言う時に最後まで話を聞き、私から見て違うと感じても否定せず、私が彼の考えを理解出来なかったら、「どうしてこういう考え方」をしているのか背景を聞き出すようにしました。

話が終ると「〇〇は、こう思っているんだね」と私の解釈を伝えた上で、受け入れられない場合は理由を伝えて、それから「NO」と言います。

今までは、同じ「NO」だとしても、話を途中で遮り、「これはこうだからこうしなさい」という言い方をしていました。

 

今の私は、人は意見を叶えて欲しいというより、「分かって欲しい」のだと思っています。

 

その事を体感できる体験をしたことがあります。

ある女性と出会った時の事です。彼女はアトピーなのですが、私と常識が大きく違っていたので私は理解が難しく、とにかく話を分かる事に集中しようと思い話を聞きました。

その時に、始めて自分の考えを捨てて、目の前の人にだけ集中出来た瞬間でした。

 

そして、「〇〇さんの考えている事は△△って事なんだね」と言うと、表情がぱぁ~と明るくなり、

「そうなんです。今まで親も子ども、友達も 誰も分かってくれなかったんです‼️」

と嬉しそうに言いました。

そして、びっくりした事がおこりました。

彼女のアトピーがひき、顔に艶までも出ていたのです。

私はその時に、「人に分かって貰えるという事は凄い事なんだ!」と思ったのです。

アトピーは治ったのではないです、あくまであの時だけの一時の現象です。

 

 

 実は私がその体験が出来たのは、「傾聴講座」に何度も通い「聴く」という勉強をしていたからです。

 

 その体験以来、相手に共感するのではなく、相手を「理解」するように聴くようにしています。

 

実は、私は息子の話を聞いている事は少ないです。何故かというと興味がない「ゲーム」の話が多いからです。

私が楽しくないのにウソをついて「楽しい」と言っても相手は分かると思うのです。

ですが、息子の事には興味があるので「何が楽しいのか」「何を伝えたいのか」という事に意識しています。

そして「このゲームが好きなんだね。具体的にどういう所が好きなの?」と聞き出し「〇〇が好きなゲームの事を教えて貰えて嬉しい」と伝えます。

私は息子を理解したいので、本当に嬉しいからです。

 

ちなみにゲームを覚える気はありませんでしたが、何度も話すので嫌でも覚えます笑笑

 

 

 

 

 

 

 

 

息子に言うか迷っていた事を話しました。

3月から学校が休みになり、試行錯誤しながら息子に家事をやって貰っています。

現在は、庭掃除、トイレ掃除、洗濯物(タオル類だけ)を干す、畳む、取り込む。入浴前の浴槽掃除は息子の仕事になっています。その都度プラスアルファーで追加しています。

 

先日、久しぶりの登校日でした。

帰宅した息子から「こんなに家事をやっているのは僕だけ、みんなこんなにやっていない」とムッとした顔で言い出しました。

ひとしきり彼の話を聞いたうえで、ずっと言うかどうか迷っていた事を話しました。

 

 「多分〇〇の家事の量はみんなより多いだろうと思っていたよ。

実は、ママは〇〇に話すの事を迷っていた事があるの。

家事をやって貰っているのは新型コロナウイルス対策の一つなの。

 ちょっと考えてみて、今 パパかママが感染したとするよね。

でも、生活はしていかなきゃいけないの。

例えばパパが感染したとして、自宅療養か病院に入院したとする。

でも、〇〇とママはご飯も食べる、その為には料理をしなきゃならない。

ご飯を食べたら食器は汚れる、汚れたら洗わなきゃならない。洋服も着たら汚れる、汚れたら洗濯をして、干さなきゃいけない。おしっこやウンチをする度にトイレを使う、使ったら汚れる。汚れたら掃除する。こういう作業はなくならないの。」

 

という事を話した上で質問しました。

 

パパが感染した時に、今のように優しくママが家事を教える事が出来ると思う?

 

「思わない。ママはいつもイライラして怒っていると思う!」

 

「でしょう。万が一を想定して生活する事が大事だとママは思うの。出来る限り感染しないようにする事も大事だけど、そうなった時を想像して備えるの。」

という話をして彼は納得したようで、また決められた家事をこなしています。

 

 息子は先月半ばから、頭や体を撫でながらじゃないと寝付けなくなっています。

なので、昼間もスキンシップをいつもより心がけ、今まで以上に息子の話を聞くようにしています。

 

そういう事をしながら、家で過ごす日常を楽しんでいます。

例えば、毎週末はお家で映画観賞会をしています。

映画館のように、部屋を真っ暗にしてプロジェクターで観ます。

先日は手作りのコーラを飲み、大袋のポテトチップをほおばりながら観ました。

手作りコーラは好評で、「また、作って美味しい!!」と言ってくれています。

 

こういう過ごし方は、今までは後回しにしてきた事です。

選択肢が多かったからです。でも、今はお家の中で楽しめる事をやって楽しむ。

環境が変わったら生き方を変えるのは当たり前の事だと思います。

 

どうか、ただ恐れるのではなく、備えながら恐れて下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の課題と向き合う時です

私は「試練」が好きです。

理由は、それがあった事で「今、幸せ」だからです。

神様が「これがあなたの課題ですよ」と親切に教えてくれていると思っています。

 

私は「目の前で取り組む事」、その試練が終わった後の「未来に備える」という2つの視点で考え行動しています。

おそらくアラフィフになったから出来るのだと思います。

若い時は、ただただ目の前の事に一所懸命でした。周りを見る余裕はありませんでした。

経験をしたり、勉強したりして段々視野が広くなっていきました。

 

 私は「このままの考え方、生き方をすると幸せになれない」と感じていたので、若い頃からセミナーなどに通って勉強し続けています。

そして、学んだ事が現実化しないと意味がないと思っているので、日々実践して、気が付いたら約30年経ちました。

今、「継続は力なり」を実感しています。

 

 さて、行動するという事は「内容」より「順序」が大切だという事を教わっています。

例えば、他人を大切にする事は良い事です。

でも、それを行う前に自分や家族を大切にできた上で、「他人を大切にする」をしないと幸せになれないという事です。

具体例として、あなたが「親」であれば「子ども」より「自分」を大切にする事が先です。

それが出来ていないと、子どもに依存したり、子どもの自主性を奪うなどの歪みが出てくるように思います。(完璧には無理なので意識して生活するだけで違います)

 

 私の場合ですが、約4年前にめまいで倒れています。それから、無理が出来ない体になりました。

めまいが治まってきて気が付いたのですが、気力がなく動けなくなっていました。

なので、まず「休む」事を決めました。

休む為に「環境を整理しました」

そして「体」と向き合いました。

多少良くなると、夫婦問題に向き合いました。

そして、夫婦関係がいい方向になっていくと、次は子どもとの関係に向き合いました。

まさに「お金」に向き合っていた時に、今回の新型コロナウイルス騒動になりました。

ウエイトが違うだけで、今も上記全ては私の課題です。

定期的なメンテナンスが必要ですが、今は負の連鎖から抜けて幸せなの連鎖に変わったのでとても「楽」です。

 

現在、全ての人が同じように先が見えません。

なので、ある意味スタートラインは一緒だと思います。

ですがこの時期の過ごし方で、この騒動が終わった後の未来が大きく変わるように感じるのです。