私の望み

ブログのご訪問ありがとうございます音譜

 

 

私が本当にやりたい事の一つを実行する為に、このブログを書いています。

 

 私は子ども時代には生活保護も受けていた時期もあったし、父は私を殴ったり蹴ったり怒鳴ったりしていました。(いわゆるDVってやつですね)

そういう環境だったので、ずっと高校生までは、『父が悪い。生まれてきた環境が悪い』と思い、そういう状況で生まれてきた事や世の中を恨んでいました。

 

でも、高校3年生の時に気が付きました。

 

このままだと、この状況の延長の人生を歩む事になる事を…。

 

それからは、与えられた人生を変える為に行動してきました。

変えられない事もあるだろうけど、自分の思考や行動で変えられる事もあるんじゃないか…と思ったのです。

 

 私はここのまま父と一緒に暮らしたら、自分の人生が壊されると思った事を今でも覚えています。親元を離れる為に就職という手段もありましたが、当時の私は「働く」=「縛られる」と感じていて、学生をしながらなんとか自分の力で沖縄を出れないかと考え、その方法を探しました。

そして、見つけたのが、新聞配達をしながら学校に通える制度新聞奨学生でした。

高校3年生のあの時が、本当の意味で自分の人生と関わったスタートだと思います。

 

それから、試行錯誤し今の私があります。

そして、約30年…振り返ったら、想像以上に幸せになっていましたアップ

(子育ての事やお金の事、親の介護の事や未来の事など、話し合い協力しあえる夫婦…それが私にとって一番の夢でしたキラキラ

 

もちろん、日々何かしら起こっていますし、何もない日はありませんし、いろいろ懸念している事はいくつもありますが、

その中の一つに、「日本の事」があります。

まず日本が平和な国である事が、その国で暮らす自分の幸せがあるからだと気が付いたからです。土台と言うか前提だと気が付きました。おそらく多くの人は「空気」と同じように、「平和」である日本の状況は当たり前だと思っていると思いますが、そうではない事をいろいろ勉強して知りました。

 

私から見た日本は、やばいです。

 

段々と、資源や日本人自体が搾取されている国になっていると思います。

 

何故私がそう思うのかというと、幸せになる為に必要な事の一つに「自立」があると分かったのですが、その視点で見ると日本という国は自立していないからです。

 

自立とは、誰にも頼らず生きる事ではありません。頼ってもいいのです。むしろ頼れない事も自立とは言えません。ただ、自分がやれる事でも人に頼るのは「依存」です。

 

 そして、人から嫌な事を言われたりされたりして、傷ついているのに黙っていたり、聞き流したりしていては健全な人間関係を築けませんし、そういう自分を大切にしない人は他人から大事にされないという事も学びました。

 

 そして、今の日本は目の前の事で手いっぱいで、未来には大きな危機があり、気が付いているのに、目をそらせて生きているように私は見えます。

 

 ここ数年、私なりに日本の事を知るようにしてきましたが、いろいろな問題がありすぎて何から手をつけていいのか…分からなくなってきました。

 

国民としてどうしたらいいのか…。

 

 こういう話を人にすると、「政治家になったら?」と言われます。

私は5年前に倒れてて、日常生活が普通に送れるまでになったけど、今でも無理をすると頭痛や吐き気ですぐ寝込んでしまいます。

人より体力がないのです。

なので、自分の健康を守りながら何かできないかと考えついたのが、発信する事だと思いました。

 

 他人を思いやり、尽くす事をしたいのであれば、まず自分が幸せになる事だ大事だと思っています。

 

 目の前の状況が苦しい人が多くいて、「日本」の事を考える余裕がないのも知っています。

 

私はコーチングのコーチをしているのですが、人の事も大事ですが、自分が幸せになる事も同時にする必要があると思っています。

例えば、子どもの幸せを親として望むなら、親自身も幸せじゃないと子どもを本当に幸せに出来ないと感じています。

 

そこで、今まで幸せになる為に勉強してきた事や、行動してきた事を私なりにまとめて公開していく事に決めましたチョキ

 

私が時間とお金を使って学び自分を幸せにしてきた事をとシェアし、それを読んでくれた方が、自分の生活に余裕がでてきたら「日本」を知る事をして欲しいと願っています。

 

 

虹これが、私の望みです虹

 

 

後日、アップしていく予定なので、宜しくお願い致しますクローバー

 

世界が見たいと幼い頃から思っていました。

 私は「世界はどうなっているのだろう?」見たい、知りたいと子どもの頃から思っていました。

なのでお金を貯めて、オーストラリア、韓国、台湾、アフリカ、アメリカ本土、ハワイ、ボルネオ島、などの海外を見る機会を作ってきました。

歳を取っても、親になっても、その好奇心は変わっていませんが、世界を広げるのに一番大切なのは「自分の心を整える事」なのでは?と思うようになりました。

 

 最近「傾聴」という技術が自分の世界を広げる方法の一つだと気が付きました。

【傾聴】を辞書で調べると「相手の話を熱心に聞く事」とありますが、全身全霊で相手の話を聞くことはとても難しく、私は何度も講座に通っていますが、本気で人の話を聞く努力をし始めてから運が開けたように感じています。

 その理由の一つに、傾聴をする際に「自分の考えが弊害になっている事」が分かってきたからだと感じています。

私と似た価値観や意見などは聞いているのは心地いいのですが、違う考えや価値観だと話を聞くのも苦痛で、私の意見と違っていたり倫理的におかしいと思うと、話を途中で遮り私の意見を話しだすか、もしくは相手が話し終えたらこれを言おうと考えてたりして相手の話を聞いていない事に気が付いたので、自分の意見や思いを横に置く事を意識して最後まで話を聞く努力をするようにしました。

 

 そうすると「相手の話を受け止めるけれど、受け入れなくていい」という事が分かり、そして相手と自分を切り離して話が聞けるようになってきました。

 

それが多少できるようになってくると、私は世の中を無意識に自分の尺度で測っていた事や、いろいろな事を私が決めつけていた事に気が付いてきました。

 

 人は様々な経験をして今の自分を作っています。

私は目の前の人がこういう考えに至ったのは、どんな経験をし、何を見たり何を聞いたりしたのか?という事まで今は興味があります。

そういう姿勢で人に接すると、今まで見えなかった事や考え方などを知る事が出来るのです。

 

世界を狭めていたのは、私の思い込みや価値観だったんだ!』と気が付いたので、私は違う価値観、違う意見の方の話を知る努力をするようにしています。

すると、視野が広がり、何気ない日常からも多くの気付きや、小さな幸せを以前より感じて暮らせるようになったように思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恩を仇で返していませんか?

 私の友人にとても面倒見がいい人がいて、彼女に相談する人達を見てて思ったのですが「どうすればいいですか?」と質問して、行動しないのです。

 例えば、自分から「お金の貯め方を教えて下さい」と聞いたくせに、実行せず「お金が貯まらない」と言うのです。

相手は時間を割いてどうにか力になれるように考えて答えているのです。

私から見ているとですが、行動する気がないのに質問する人が結構いる事にビックリしたし、それを繰り返すと、相手も適当に答えるようになり、本当に心配する人が減ると思ったのです。

 

私が本質を言っているな~と思っている名言に「同じことを繰り返しながら、違う結果を望む事、それを狂気という」というのがあります。

 

上記のいろいろな人に質問しまくる人にもある特徴の一つのように思います。

おそらく、やり方を変えずに現実を変えたいと無意識に思っているんだと思いますが、「今のやり方の結果が今の現実」なのです。

 

 昔の私は、自分を変えたいと考えていましたが、今は自分を変える必要はなくて「自分にあったやり方が見つかるまで試行錯誤する」でいいと思っています。

なので、続かなかったら「私が悪い」とは思いません。「私に合わなかったんだ」と判断し違うやり方に変えるだけです。

そうすると自分を責める時間も減ります。

 

 人に相談して始めたとしたら、やってみた事を報告するとアドバイスした人は「行動」してくれた事をまず喜びます。すると、それを踏まえた上でのアドバイスを貰えると思います。

実行してみて、挫折したとしても「行動し努力した事」をとても喜ぶと思うのです。

 

それは、アドバイスした方を喜ばす事にもなるので、恩返しにもなると思っています。

 

 私は普通に生活していて、特別な場所に行かなくても素敵な人に出会います。

そして、よく助けて貰っています。

私はよく人に「どうしてそういう人に出会うの?」と聞かれます。

「何故だろう?」と考えた時に、私はアドバイスを頂いたら、「行動」し「報告」してきたからかな?と思ったので、今回書いてみました。

 

追記

このブログを書いて読んで下さった方とお話して気が付いた事があります。

 

相談するだけで終わっている人は、実は以前の私ではないか?と思いました。

どれだけ自分が不幸か人に話し、誰か助けてくれるのを待っていた頃の、本気で人生に向き合う前の私だったと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日から学校が始まりました

 今日から息子が通う学校が再開しました。

私は「学校に通っても通わなくてもどっちでもいいと思っています

 

これからは「〇〇しなければならない」というのが減っていくと思っていますが、

今まで以上に「覚悟」を持って生きる必要があると思っています。

 

私は常日頃からカリタス小の事件のような惨事が、いつ息子の身に起こるかもしれないと思って生活していました。

昔の話ですが、近所の公園で子どもが遊んでいる時に事故で亡くなった事もありますし、交通事故や病気でお子さんを亡くした親御さんと会った事もあります。

 

そもそも私達は危険と隣合わせで生きているのです。

 

 春休み後から学校が再開する方向だったので、その場合は通わせようと家族で話し合っていました。

行政が学校再開を進めている理由が、死亡者数の数は少なくないけれど限定的だし、感染経路もだいたい把握できていると判断していると理解したからです。

行政が再開するから行かせるのではなく、親と子ども自身が一緒に調べて納得し覚悟を決めていましたが、結局、この6月まで伸びました…。

 

 私は全ての人が満足する決断は難しいと思っています。

何故かと言うと、以前勤めていた会社で小さいけれど組織の長をしていた経験があり、決断する怖さと闘ってきたからです。

前年度踏襲は楽だけど、改善する点が見つかったら改善したし、挑戦して業績が上がる可能性があると判断したら挑戦していました。

挑戦する事を反対する人がいる中で実行した経験もあるので、責任者を一方的に責める事は私には出来ません。

 

私は挑戦しないと見えない「現実」がある事を知っているのです。

 

 私が住む自治体のオンライン化の動きは遅く、家庭のオンライン状況の調査用紙を6月1日の今日提出しました。

多分、どこに住んでいるかでの教育格差は否めないと思っています。

 

公立の教育は日本どこに住んでいても平等というのが理想ですが、現実がそうではないのなら現実に即しながら自分で未来を作って行かなければいけないと思っています。

 

 例えば、私達日本人は引っ越す自由があります。

これからテレワークが進むと、職場に縛られず、もっと自由に住む場所を選べると思っています。

なので、自治体に不満があるからという理由での引っ越しも増える可能性があります。

 

 

 今回の学校再開前に話したのですが、新型コロナウイルスに感染したら、我が家の場合は高齢の両親には頼めませんし、最悪隔離されて治るまでパパやママと離れて暮らす事になるかもしれない事、更に学校に行くと感染するリスクは高くなるという事も伝えた上で息子は「学校に行きたい」と言っています。

お友達に会いたいそうです。

息子にとっては、「学校でお友達に会える事」がとても大事な事だそうです。

 

 世論調査では多くの方が第二波が来ると思っています。

今日、学校に行けたけど明日行けるか分からない事が現実に起こっているのです。 

 

これは未来を作る上でとても貴重な体験です。

一日一日が貴重だという事を体感した私達が作る未来は明るいと感じています。

 

 

 

 

 

 

 

これからの時代は「どっちでもいい」と選べる時代になるといいな~と思っています。

心配だから、まだ行かせないもOK。オンラインが整うまでは

自転車で沖縄本島一周した時の話

私は26歳から5年間お付き合いした彼に振られた時に、友人(以後Aさん)に誘われスポーツクラブに通った時があります。

家で一人で過ごす事が辛かった事もあり、毎日閉館までいました。

その時に、クロールで泳げなかったのが泳げるようになったり筋トレなど没頭しました。

 

 クロールで3000m泳げるようになると、次の目標がないと続けられないと思い「自転車で沖縄本島を一周する事」に決めてそれに向けて体作りをしました。

どうして、「自転車の旅」なのかというと、スポーツクラブに誘ったAさんの友人(以後Bさん)の話ですが、Bさんの家族は医者家系で幼い頃から医者になる為に頑張ってきたのだけど、親がひいたレールでいいのか悩んでいた時に、自転車で旅をしたそうです。Bさんの「自転車で旅をしたから救われた。自転車で旅をすると人生が変わる」という話を聞いたからです。

 

人生を変えたかった私は体験したくなったのです

 

現在お医者さんのBさんは、学生時代に海外で自転車旅行したそうですが、私は仕事をしていたし休みも限られているので正月休みで沖縄に帰郷した時に決行しようと思いました。

 

ちなみに泊まる宿とかは全て未定です(夕方になったら公衆電話に備え付けられている電話帳で宿を調べて、片っ端から電話して探しました)

自転車も沖縄で購入しました。実は自転車もあまり乗り慣れていなくてスタートしてすぐに転んだぐらいです。私って無謀ですよね(笑)

 

 初日は恩納村のペンションに泊まりました。ペンションのオーナー達と楽しい宴会をしました。そこで、北海道出身の方とお会いしました。

彼女は7年間付き合っていた彼との失恋した衝動で、空港に行き 兎に角一番遠い所に行きたいと思い「沖縄」に行ったそうです。その時から沖縄が大好きになって定期的に沖縄に旅行しているとの事でした。

2日目は、国頭村の民宿に泊まりました。

そこの泊まり客の多くが土木工事の人達でお客さん達と交流はしなかったのですが、翌朝オーナーが私の為に大きなおにぎりを作って渡してくれました。

3日目は東村で車の女性2人に助けられ、宜野座まで連れて行って貰いました。

日が沈みかけた時間だったのですが、私はその2人の女性に叱られました。

「何かあったらどうするの?このままだと山の中で夜になるよ。」と言われました。

二人はドライブ中で私を見かけて、心配で何往復もしたとの事でした。

最後に泊まったのは宿は、ある会社の人がほとんどだそうでそこに滞在者は私一人でした。

建物も古く隙間風も入りめちゃくちゃ怖かったのを覚えていますが、民宿に泊まるお客さん私だけって凄い体験でした(笑)

久しぶりに湯舟に浸かって気が付いたのですが、数日で太ももが変わっていました。

人間の体って不思議だと思った事を覚えています。

 

さて、途中 車に乗ったので実際には本島一周はしていませんが、別にそれが目的だったわけではありません。

その時の自転車の旅で、北海道出身の方以外に、いろんな人の失恋話を聞くことが出来ました。5、6人の失恋した時の話が聞けて長い人は15年付き合って結婚出来なかった人までいました。

 

この旅で私は失恋の痛手から癒されていました。

私は自分のことばっかりでしたが、世の中には私以上に辛い経験をしている人がいる事を頭では分かっていましたが、心から理解出来ました。

 

そしてこの旅では、多くの人から親切にされました。

その人達は、私からの見返りは一切期待していません。ただ、目の前にいる人の力になりたいという純粋な思いが伝わっていました。

人々の無償の優しさに触れた私は、自分が生きているこの世界が大好きだと思いました。

きっと、自転車旅行をしたBさんも沢山の無償の愛に触れて、この世界は寛容で優しい事を実感をしたのではないかと思いました。

 

私は、失恋する前の私よりこういう経験をした今の自分が好きです。

こういう経験があるので、「幸せになる事を諦めなければ幸せになれる」と思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が世界を信頼している理由」

行きつけのお店のパートの店員さんと仲良しです。

店員さんを以後Aさんとします。

気が合って、お互いに手作りした物などを物々交換したりしています。

Aさんは、もう中学生のお孫さんのいるおばあちゃんでもあります。

私はAさんに会いに行くので、Aさんが出勤している時に買い物に行きます。

 先日、お客さんが私しかいなかったので、いろいろお喋りしているとある母子家庭の女の子の話になりました。

以後、女の子のお母さんをBさん、そのお嬢さんをbちゃんとします。

Bさんは一人でbちゃんを育てています。学童も様々なイベントがあり、参加するのが大変だったそうで小学高学年からは、一人でお留守番をさせるようにしていたという事です。

Bさんの近所の親御さんたちも協力的で時々bをちゃんを預かってくれたそうです。

Aさんの勤務先にbちゃんを預かってくれる親御さん達がお客様として来店されるそうですが、そこでbちゃんを預かるのは迷惑だと言っているのを聞いてしまったそうです。

Bさんの前では、「いつでもどうぞ!」とか「遠慮しないで頼ってね」と言っているのに陰では「6時までいるから困る」とか「いつも来るから困る」など言い合っていたそうです。

Aさんは「6時まで嫌なら5時までね~。と言えばいい。いつも嫌なら駄目な日は断ればいい。陰で文句を言い合って、表面でいい顔するのは見てて悲しくなる」と私に言い、だからAさんはBさんに「近所だし、良かったらうちで預かるよ。」と提案して平日の午後の数年間預かっていたそうです。

更にBさんには「困った時はお互い様。今は余裕がないんでしょ?余裕が出来るようになった時に困った人がいたら助けてあげて」と言ってお礼は受け取らなかったそうです。

そして、bちゃんは現在、看護師さんになって働いているそうです。

 

私はとても心が温かくなりました。

 

他人とはいえAさんの愛情に触れて育った女の子はきっと患者さんの気持ちの分かる看護師さんになっているだろうと思いました。

 

「恩」とは「めぐみ」「いつくしみ」だそうで、「恩返し」は受けた恩を直接返す事を言いますが、「恩送り」は受けた恩を別の人に返す事をいうそうです。

 

Aさんは平凡で普通の人ですが、この一面からも分かるようにとても素敵な人です。

社会的に多くの人に称賛されていないけれど、Aさんのように暖かい人は必ずいます。こういう人に出会う度に、嫌な事があっても、嫌な事を人からされてもこの世界を信頼できるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分で世界を作っていると思った事

私は長い事、堀江貴文さんことホリエモンが嫌いでした。

ですが、数年前に突然…

「インターネットはテレビより凄い事になる」みたいな事を言っていたよね…と思い出し…。

『堀江さんには今の状態が見えていたの!?』と思った私は、彼の著書を読み、ホリエモンチャンネルを見始めました。

そして、ある人と出会ったのです。

その人は実業家の方なんですが、なんと約20年くらい堀江さんと交流があり、あるビジネスでは頼まれて手を貸したりしているのです。

以前の私は、堀江さんはお金の亡者だと思い込んでいました。

それで、堀江さんの全てを悪だと決めつけていました。

今は、「これは共感できるな~」とか、「これは私は違うと思うな~」と思って彼の発言を聴いたりしています。

違う場合の時は、どういう情報からこういう考えに至ったんだろうか?とか考えながら本を読んだりホリエモンチャンネルを観たりしています。

 

 話は変わりますが、昨年の秋、結婚披露パーティーに2件招待されました。

その2件とも、無料ご招待でした。

1件はホテルのパーティ会場、もう1件はレストランの貸し切りでした。

 パーティに参加した直後に偶然会ったママ友に話をしたら「お金持ちだから、お金を使いたいんだよ」と言われました。

私はビックリして、言葉が出ませんでした。

 

その時に、自分で世界を作っているってこういう事か!と思いました。

 

こういう事が自分の身に起こるはずがない。とか、こういう人がいるはずがないと思っていると、様々なチャンスを逃すんだと思ったのです。

例えば、私が堀江さんは悪人だ!いい所はない!と思い続けていたら一生彼の知人とは縁がなかったんだと思いました。ちなみに出会った場所は私の行きつけのお店のお客様で、いつもジャージ姿でぱっと見、成功者には見えませんでした(笑)

 

受け入れるのではなく、「そうなんだ~」と実際に起こっている事をただ見たり、認める事が出来るようになってきたのですが、出会う人の幅が広がったように感じています。